立ち止まって考えよ

自動的に反応して、怒って

自動的に反応して、楽をしたり

自動的に反応して、正直になれなかったり

そんな自分、みたいくないですよね。
でも、それは悪いものではありません。

子育ては自分も成長するための機会

ただ、より生産的だったり、
より豊かな状態をつくるために
自動的な反応が、
その機会を妨げていることがあります。

たとえば、子供がかわいいのに、
いじわるしたりとか、
からかったり、
嫌味をいったりしてしまう?

自分も家事を手伝ったほうがいかなと思いつつ、
自分の部屋に戻ろうとしてたりとか、
ついついスマホに手が伸びるとか?

そういうときに、ぜひ参考にしてほしいのが、
聖書にあることばです。

立ち止まって考える機会

旧約聖書の中に、詩編というものがあります。
詩編の中で71回「セラ」という言葉が出てきます。
これは、「立ち止まって考えよ」という意味です。

「私は、自分の罪を、あなたに知らせ、私の咎を隠しませんでした。
  私は申しました。『私のそむきの罪を主に告白しよう。』
 すると、あなたは私の罪のとがめを赦されました。セラ」

詩編32章5節

内容の「くぎり」「ふしめ」となる場所に書かれている言葉です。

流されるように、行動をするのではなく、冷静になって、

「心が本当は何を求めているのか」

その思いを巡らしてみる機会を持つことです。

怒るほうがいいのか、
ほめるほうがいいのか、

避けるほうがいいのか、
対決するほうがいいのか、

叱るほうがいいのか、
助けるほうがいいのか、

自動的、習慣になっている「それ」で反応するのではなく、
意図をもって行動してみるだけで、
結果は必ず変わってきます。

怒ってても、喧嘩してても、
感情に振り回されず、心を冷静にして、
自分の内面をみわたしてみると、
発見があるものです。

自動的にならず、立ち止まり、
「おやすみ」「いってらっしゃい」のキスをする。
そういう機会を取り入れることをオススメします。

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